"地域の記憶"と"ヒトの体験"をつなぐモバイル空間情報学
どうしてこの道は歪んでいるのだろうか。なぜこの通りはお寺が多いのだろうか。-- 地域風景は,いくつもの時代と人々の合理性が折り重なってそこにあります。しかし都市化や人口減少が進む現代において,その地域のレイヤーを語ってくれるヒトはどんどん減り,目の前の景色の意味は気づきにくくなっています。地域の記憶が,現代を歩くヒトに届かない。この断絶をどう埋めるかが出発点です。 本研究では,空間情報学とモバイルコンピューティングの観点から,地域の多様性・魅力・誇りを再評価するIT技術の開発と社会実装をめざしています。AIやデータサイエンスを用いて,地域の歴史や知恵を集結させ活用し,そのプロセスで住民・観光者・関係人口・地域づくり団体の協働を促す「人間中心のまちづくり情報基盤」を構築する方法論を探ります。
地域の魅力を活かした「まち歩き観光」が全国で広がっています。これは既に存在する地域資源をパッケージにして地域の魅力や独特さを全域的・総合的に楽しんでもらう観光スタイルです。訪れて欲しいスポットや歩いて欲しいルートを企画し,魅力的なまち歩きマップやリーフレットを発行している地域づくり団体も多いのではないでしょうか?しかし,「この観光ルートで本当に観光者は満足しているのか?」「本当は,もっとお勧めすべき魅力的な場所があるのではないか?」といった疑問を調査することは容易ではありません。従来のアンケート調査では,多くの協力者を集めるコストと手間がかかるため,まち歩き観光事業の継続的な改善サイクルを回すことは困難です。
📊 モバイルセンシングで観光者の具体的な興味行動を見える化する
本研究では,スマートフォンが自動的に収集するセンサデータを活用して,継続的な観光コンテンツの改善サイクルの構築をめざしています。単なるGPS位置情報(移動ルート)だけでなく,加速度センサー(観察行動),GPS精度情報(屋内施設への滞在),アプリ操作ログ(写真撮影行動)など,複数のセンサデータを組み合わせることで,観光客がどこで何をしているか(コンテクスト)の傾向を統計的に見える化します。この結果をもとに,観光者がまちのどこを魅力的に感じているか,事業者が推薦する観光ルートは観光者にとって満足度が高いのかを評価する方法を研究しています。
ナビゲーションアプリを使用していて,「この先にXがあります」といった音声ガイドが自動的に流れる体験をしたことがあるでしょうか。また,いわゆる位置情報ゲームでは,目的地に歩いて近づくとアイテムを手に入れることができますよね。このプッシュ型位置情報サービスの基礎技術がジオフェンシングです。ジオフェンシングは,地図上に設置した仮想的な境界線(ジオフェンス)へのユーザーの出入りを監視してサービスを発動します。実は,効果的なジオフェンスの大きさや設置場所を設計することは容易ではありません。GPS精度の変動,観光者の多様な行動パターン,さらにはサービスの目的といった要因を考慮する必要があり,手動での設定では限界があります。
📍 ユーザの移動軌跡を分析してガイド発動のタイミングを最適化する
本研究では,歩行者の移動履歴データを活用して,ジオフェンスの大きさや設置場所を自動設定する方法論を開発しています。機械学習手法によって観光スポットとのインタラクション(建物内部への進入している? vs. 少し離れた位置から観察している?)を識別したり,進化計算を用いてより多くのユーザが通過する場所で音声ガイドを発動できるような人工知能を実現することで,多様なサービスシナリオに対応できるジオフェンス設計手法を研究しています。
アメリカの都市研究者Kevin Lynchは,「人々が都市環境のアイデンティティや構造,意味を認識し,鮮明な記憶として残る都市のイメージが大事である」と指摘しました。地域を訪れる人々やそこに住んでいる住民にとっても,地域の歴史や文化,エピソードを知ることは,地域体験の質を高める重要な要素です。近年,スマートフォンアプリを活用したオーディオツアーが普及していますが,多くのサービスではスポットに到着した瞬間だけ案内が流れ,移動中は無音のまま歩き続ける――従来のPOI(Point-of-Interest)ベースのオーディオツアーは,地域によっては目立つスポットが少ないために紹介できる情報が不足し,ユーザーが歩いている大半の時間が無音になってしまいます。また,想定されたルートから外れるとストーリーの一貫性も保てないことがあります。このような断片的な地域ガイドでは,本当に地域イメージを醸成することができるのでしょうか?
🎙️ 歩くことそのものが物語になる地域ストーリーテリング知能を実現する
本研究では,階層型ジオフェンシングと言語系生成AIを組み合わせ,まちを歩くすべての瞬間をストーリーテリングに変える「オンサイトラジオAI」を開発しています。階層型ジオフェンシングとは,街区全体・通り・建物といった複数の空間スケールを同時に扱う位置認識アルゴリズムです。たとえばバスガイドさんが,近くにランドマークがあればその解説を,周囲に目立つものがないときは町全体の歴史を語るように,聞き手の現在位置に応じて話題の地理スケールを滑らかに切り替えることができます。さらに,地域に蓄積された歴史・文化のアーカイブをもとに,言語系生成AIがその地理スケールの認識結果から自然な会話形式のガイドを即時に生成します。このような,ユーザの移動軌跡や周囲の環境変化から地域のイメージ(Imageability)を育む地域ストーリーテリング知能を研究しています。